昭和50年(1975)、国は文化財保護法の改正を行い伝統的な町並みに対して、重要伝統的建造物群保存地区(「伝建地区」)の選定ができるとした。そして昭和52年、九州では最初の国の伝建地区に飫肥が選定された。選定の理由は「地方における小規模な城下町の典型的なものとして、侍屋敷の歴史的風致をよくあらわし、我が国にとってもその価値が高い」で」あった。
伝建のまち“飫肥”は、飫肥藩伊東氏5万1千石の城下町としての地割りや周囲の自然景観などを大きく壊すことなく、現代まで残してきたこと、地元素材である飫肥石や飫肥杉を使った石垣や建造物を数多く保存してきたことなど、飫肥の価値がそこにある。伝建のまち“飫肥”は、酒谷川が流れる中、周囲を飫肥杉に囲まれた、石垣の美しい城下町である。